人間関係に悩んだときにまず確認したいこと―他者との境界線について考える―

エッセイ

なぜわかってくれないの?
どうして理解してくれないの?

このように、友人や恋人など親しい人を責める気持ちを持ったことがある人は多いと思います。

わかってもらえないがゆえに、孤独な気持ちに悩んでいる人もいるのではないでしょうか。

今回はそんな人間関係に悩んでいる人のヒントになるかもしれないお話をしたいと思います。

他者の感情と自分の感情は別のもの

え?当たり前のことじゃないの?

この見出しを見てそう感じた人は多いと思います。

けれど、他者に強く理解を求めてしまう人ほど、無意識のうちに「相手も自分と同じように感じているはずだ」と思い込んでいます。

他者と自分を分けて考えられる人は、同じことを経験しても一人ひとり感じ方は違うと理解している人なのです。

相手に期待することをやめる

では、どうして他者の感情と自分の感情を同じと思ってしまうのでしょうか。

それは、相手に期待しているから。

「きっと相手は自分と同じで気持ちだろう」
「きっと相手は自分と同じ感覚に違いない」

その違和感はやがて、「わかってくれない」という怒りに変わり、相手をコントロールしようとする感覚へとすり替わっていきます。

相手をコントロールしようとするから苦しくなる

他者に理解されたいと強く悩むとき、人は無意識のうちに相手をコントロールしようとしてしまいます。
だから、思い通りに行かずに苦しくなるのです。

他者と自分は別のものという理解ができていれば、無理にわかってもらおうとしたりする必要がありません

もちろん、仕事上の事情や守らなければいけないルールなど、認識をすり合わせないといけない場面もあります。

しかし、そういう場面でさえ、どうしても意見が合わないのであれば双方が納得行く落とし所をみつけるしかないのです。
自分の考えを完全に理解してもらおうと相手をコントロールしようとすると、たちまち相手の反発を買い、その場はうまくおさまらないでしょう。

母との確執

こういったすれ違いは、親しい間柄にこそ起こりがちです。

私の母は、幼い頃から私に女の子らしさを求めました。スカートを履き、みつあみで長い髪をまとめ、弟の面倒をよくみる女の子らしさ。

一方私はボーイッシュが好きでした。スカートは走り回りにくいからズボンがよかったし、みつあみよりポニーテールのほうがかっこよかったのでそっちの髪型のほうが好きでした。

しかし母は、「おまえは私の子供なのに、どうして私(母)の気持ちがわからないの」と言って、私の趣味嗜好を理解するどころか、自分の理想を押し付け私をコントロールしようとしました。

母はいつまでも、私が自分(母)とは別の人間だということを理解しようとしなかったのです。

理解されない相手には境界線を設ける

母とのぶつかり合いの結果、私が行ったことは”相手との境界線を設ける“こと。

母は母の考えや価値観があり、私には私の考えや価値観がある。

お互い譲れないし、ましてや相手は相手の価値観を押し付けてくる。

ならば、これ以上深く関わらなければいい。

相手の思考を尊重するし、自分の思考も尊重する。

これが相手との境界線を設けるということです。

慣れるまでは、境界線を設ける感覚に違和感を覚えるかもしれません。
ときには罪悪感も…

けれど思い出してください。あなたと他者は、別の生き物であることを。
そこに軸を戻すことができれば、自分を見失わずにいられると思います。

逆に言うと自分も他者に合わせなくてもいい

境界線を設けるというと冷たく聞こえるかもしれませんが、実は相手を尊重する手段でもあるのです。

相手の主張を否定しないし、自分の主張も守る。

これは逆に言うと、自分も無理に相手に意見を合わせなくていいということ。

自分は自分、他者は他者という線引をするということなのです。

「あなたはそう思うんだね。でも私はこう思う」

こういうスタンスでいられれば、自分が相手をコントロールできないことに悩むこと、相手に無理に合わせて苦しくなることも減るはずです。

まとめ

他者と自分との線引は、当たり前のようで意識の外に行ってしまいがちです。

最近人間関係がしんどいな、と思うことがあったら、他者と自分との境界線を今一度見直してみてください。
意外と踏み込んでしまっていたり、踏み込ませてしまっていたりするかもしれません。

他者と自分はあくまで別の生き物で、同じである必要はないのです。

この考え方で、人間関係に悩んでいる人の気持ちが少しでも楽になれば幸いです。

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